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滑り込みセーフで、怠けていたお便りを書くことができました。
今年1年・・お支えいただきまして本当にありがとうございました。 もっと、もっと沢山思いを綴りたかったのですが・・・やはり、春以降は言葉が胸の中で凍てついたような日々を過ごしていました。 沢山考えること、沢山無知だった自分が情けなかったこと・・・・様々な思いでした。 一先ずは、10月20日 成城ホール での『あなたへ読む物語』今年も皆様に何かを手渡せたのかしら?と半信半疑ではありますが、無事に多くの皆様方にお運び戴きました。毎回おこし戴いている方々、そして今回初めて体験された方々・・・・本当にありがとうございました。 テレビドラマもなかなか 出演チャンスが巡って参りませんが、今年は「相棒」に参加することができました。内容の浅くなっている作品が目立つ昨今・・・久々に充実した仕事場でした。 『有難し』 有る…という事自体難しい・・・という本来の意味から言えば、一つでも叶えたかった事が実現できたこと幸せに思わなくてはいけませんね。 自分の朗読会・そして、ドラマに巡り会えたこと 今年は2つも願いが叶ったのですから! 震災後 「足るを知る」という事をいつも心の支えにしてきました。 女優という本業の他に 学生たちとの勉強や、朗読を学びたいとおっしゃって下さる方々との毎月の楽しい時間・・・・静岡や沼津のみなさん、また荻窪のみなさん本当にお支えありがとうございます。必要とされている自分を幸せだと思い感謝の一言に尽きます。 来年も充実した時間を作るべく精進したいと思います。 また新たに、京王線 幡ヶ谷での「二木てるみkotoba塾」が2012年より開校いたします。 そして ミニサロン朗読会の予定もあります。 60代 何とか元気に、私らしく、生かされている命を大切に刻んで行きたいと思っています。 来年も日本丸は厳しい航海をしていくことになるのでしょう・・・賢く真実を見つめて歩みたいと思います。等身大で。 どうぞよろしくお願いいたします。 今年最後のお散歩を夕方終えたMayは今私の足元でトロトロしています。 これから両親と年の瀬を過ごしたいと思います。 どうぞ皆様もお体お労い下さり、新たな『龍』の年を元気で昇って参りましょう。 2011 ・12 ・31 From Terumi 今年もたくさんの方々との出会いを戴き・・・また、お別れもありました。 三連休の真ん中・・・今日は近くの「世田谷八幡」の秋祭り・・・そういえば、我が家の柿の木に沢山の実が付き出している・・・。
世の中にどんなことが起ころうと、少しばかり気温変動が起ころうと、じっと同じ場所で耐えている植物たちは強かに時を感じながら自分を主張している。改めて脱帽する私。 昨日、両親を乗せて私は所沢へ車を走らせた。向かう先は老人介護施設。私の従弟の母が認知症と診断されて入院をした、と連絡が来た。母にとっては姉ということもあり、でも1年もたたない前に電話で話したときは、普通に話していた・・と母は戸惑っている。最近は何年も直接会うことはなかった姉である。私の両親にしても高齢である。会いたい人に会っておかなければ・・・そんな思いもあるのだ。子供のころはよく可愛がっていただき、凛とした素敵な叔母だった事を子供心に記憶している。最後にお目にかかったのは確かご主人のご葬儀の時、小さかった娘を伴ったのか?或いはまだ産まれていなかった頃か?30年くらい前の話だ。 関越の所沢インターを降りてから、直ぐだと調べていったが・・・迷いに迷い、やっとたどり着いたのはお昼過ぎであった。 土曜日のこともあり、病院と併設している施設内は閑散としていたが、職員の方々が丁寧に案内をしてくれた。 叔母の居る場所へは受付から、エレベーターに乗るのだが簡単には行けない!脇のインターフォンでこれから面会したい旨を伝えると、施設フロアーからエレベーターを差し向けてくれるシステム。 私たち3人が乗り込むと係りの方が2階のボタンを押す様に促した。到着すると扉の前に私たちを迎えてくれたのはエプロンを付けた介護士さん。エレベーター内が無人かどうか一応チェックした。関係ない人が乗り込んでいないかを確認するためだそうだ。「ここで少しお待ちください今、お連れ致します」叔母の名前を再確認すると介護士さんは奥へ歩き出した。 その後姿を追った先には、広めの待合室のような空間にテーブや椅子などが三々五々置かれていて、ピンクのジャージのような部屋着を着た老人たちがそこでくつろいでいる。 仕切りの陰になっている場所で先ほどの看護士さんが何かを話している様子が伺えて、私は少しドキドキした<私の記憶にある、あの叔母でいてくれるのだろうか?それとも・・・どんな風貌になって私たちの前へ現れるのだろうか?>確かに時間は過ぎ、父と同じくらいの年齢になっている88歳の叔母。どれだけの認知症なのだろうか?お婆さんになっているのだろうか?そんなことを子供みたいにぼーっと考えていると、突然背後から『先生!センセイ!』甲高い声で呼ばれた。思わず振り返ると、母に向かってなのだろうか?私になのだろうか?数人でソファーに座っていたやはりピンクの部屋着をまとっていたご老人の一人が必死で呼んでいる。いや、叫んでいる。間違いなく、看護士さんにではなく私たちに向かって・・・。思わずどう反応したらよいのか戸惑っていると、先ほどの看護士さんが車椅子を押して戻ってきた。私は思わず母の様子を窺った。 『姉さん!分かる?』傍に近づき声を掛ける母をぼんやりと見つめている叔母・・。とっさに私はその状態がどんな具合か・・悟った。 そのあと、面会室へ案内してもらい30分ほどだったであろうか叔母を交えて話をした。思いのほかしっかりと会話をするのでほっとしたが、どこか話の食い違う感じが否めない。案の定、母のことを認識したのは最後のほうである。『最近は息子は?来るの?』『・・・来ない・・』『他に誰が来てくれたの?』『・・妹かな?』『妹?!誰?妹って?』真剣に悩む母に向かって・母の名前を一生懸命思い出しながらぽろっと答える叔母・・・。あぁ・・・時間がごちゃごちゃなんだぁ・・・ 『いやだぁ!姉さん!私じゃない…今ここにいるのが妹の私じゃない。他にいないでしょう妹なんて』真剣に、でも笑いながら叔母に言い聞かせている母・・・ 母は、実際のところ、どんな思いで・・・この台詞を発しているのだろうか?・・・とっさに第三者として、女優として人間観察観察をしている自分に愕然とした。 じーっと叔母の顔を見つめていると昔が甦ってくる・目元の面影は変わっていない!涼やかな素敵な面差しは有るのだ! お土産も・小さなお花も全て禁止・規則で手渡して帰ることは出来なかったので・・ナース室に飾っていただくようにお願いしてきた。面会を決めた日から、きっと母は、あれやこれや店先で見繕って派手にならない小さなものを選び、買い求めたのだろう。 私が面会の途中で、直ぐ階下の売店にお茶を買いに出る時も出入りの階段の扉には鍵を掛けられ <お帰りの時は、インターフォンをお願いします>と言われた。何時、どんなことでフロアーから出て行かれてしまうか分からないので・・・ということなのだ。大変な仕事だと思いつつ<両親はどんなことがあっても自宅で!>買ったお茶を手にしながら扉の外で鍵を開けていただくのをじっと待っている間・・・訳もなくそんなことを何度も心でつぶやいていた。 鍵で管理され、同じ色の部屋着を着て暮らす事の現実をまだ受け入れられない私がいる。 その反面・沢山の情報は得ていても、初めて訪れた老人介護施設の様々なシーンにショックを受け、戸惑っている自分が情けなく・・知らない、ということの罪悪感にも似た思いが渦巻いた。 叔母とサヨナラをしても・・・どこかぼんやりと、お名残も惜しまず、さりげなく車椅子に乗せられて去っていく後姿が切なかった。『明日になったら、忘れてしまうのかしらね・・私たちと会ったこと』寂しさを悟られまいとさっぱりとした口調で話す母の心中が痛いほどわかる。 人は確実に老いていく・・・両親達も直ぐ目の前にその現実は用意されている。私だって、いつどんなことが起こるか分からない。 少人数の介護士さんたちが鍵の束と、時計を見ながらお世話をするために駆けずり回っている姿に思わず手を合わせた・・と同時にこの現実の理不尽さに腹も立った。そんな中で・・帰りがけ、また『センセイ!』の声が私の背中に突き刺さった。先ほどのお婆さんだ! きっと彼女は集団生活の中で、女学生に戻っているのだろう・・・。 私は振り向いてセンセイを演じてあげたい気持ちにかられた・・が、素知らぬ顔で両親と共にエレベーターに乗った。 玄侑宗久師の書き下ろしに『Aデール』というグループホームを舞台にした作品がある。私は何度か朗読をさせて戴いている。その中にこんな1節がある。 『認知っていう呼び方は可笑しいよ。彼らには神様が宿ってるんだよ。呆けて神様の通り道になってるんだと思うよ・』施設の所長がふとそんなことをつぶやく。その場面が私は大好きである。 彼らの行く道には 神様の通り道がある・・・脳という機能がその人の仕事を終えるとその部品は神様にお返しするのだろうか・・・そんな風に考えられたらいいと思う。 帰宅して夜遅くまで・・NHKの現実的な討論番組を見ながら、こちらもあまりにも沢山の突きつけられた現実を反芻しながら、運転の疲れも相俟って、まどろんだ。 その私の耳の奥で『センセイ!』という声がいつまでも響いていた。 2011・9・17 Terumi
政局と台風とが日本列島を騒がしています。あんなに暑かった気温が、少しずつ下がり始めていることの不思議・・・様々な自然と向き合うことを学んだ夏だったような気がします。
我が家の庭の片隅には 彼岸花の茎が伸び始めています。 今日の東京は正に台風を空気感で味わっている感じです。現在雨も風もそれほどではなくても、じとーっとした湿り気の強さは不気味です。目に見えずとも酸素の中で命を繋いでいる私たち・・・目に見えずとも私たちの体を壊していく放射性物質・・・すべてが「陰と陽」で成り立っているのですね。 先日、私は50年来の幼友達の野辺送りをしました。癌でした。 もう少し生きてくれることを願っていたのに・・・緩和ケアーに移って2か月でした・・。 人間は必ず命を終わらせる時がやってくる・・・その時が、いつなのか・・・・分からないから、いいのかもしれないけれど・・・やはり悔しさが残ります。 この夏、沢山の命が失われていく現実の中で、去年とはまた違った思いを重ねていました。 そして今、縁あって、今生に生かされていることの意味を深く考えることが多くなりました。 人の死に出会い生を見つめる・・生かされているとは、亡くなっていく方の「生」を代わりに戴くことなのかもしれない・・・だから、しっかりと「生き切らなくては」・・・と。 有難く、大切に、十分に・・・生き切る。 そんな事に心を動かされている間にも・・・私を取り巻く時間がどんどん進んでいます。 今を!私にできることを精いっぱい! 10月20に向かって公演準備が動き出しました。 今年は、不自然な笑顔や、とって繕った元気ではなく・心のどこかに何方もが持っている、或いは忘れかけていた心の灯をお伝えしたいと企画を立ち上げました。 音楽は通常のピアノにフルートを加えて・・・・ 秋の始まりの一日・・・「小さな恋」を探しにいらしてくださいませ。 その他の・予定も追ってインフォメーションさせていただきます。 少々夏怠けの私でした。ごめんなさい。 2011 9 2 Terumi
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